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なにを見るか

Category : 日記
なにか力になりたい、という気持ちだけが先行するときは、
逆に今の自分に出来そうなことはなにもないという現状だということを見つめなおして、
その気持ちから離れなきゃいけないっていうことを今回の地震で学んだ気がします。

というのも、気持ちが先行した行動は、被災者への助けになっている部分よりも
自分の気持ちを満たすだけの行為になってしまってるといった状況があらためて見えたからです。
悲鳴があがっている光景をだまって見つめることはなりふりかまわず突っ込むことよりも難しいことだけど、こういう時こそ気持ちに身体が動かされないよう努めなきゃならないと思います。


今はいろんな場所で、なにをすべきだとか、なにをしてはいけないとかといった情報があふれ返っています。
そういう情報が聴こえてくるときは、つまり自分が実行者でないときは、あの人のあの行動はどうなっているか、どういう結果をもたらしているかといったのを見つめることが大事だと思います。そうすることで「確かにこんなときに鶴を折って送ってちゃいけないな」とか、食料とか二次災害のことも考えずに素人の自分が現地に救助の手伝いに行っちゃむしろ迷惑になってしまうことが、実際に行って失敗する前に見える。

周囲の感情的な非難や混乱に惑わされて、過去の失敗を繰り返すようなことをしない。それが、こういった事態を初体験する自分のような人間がまずしなければならないことだと信じます。


それと、ここでだけ呟きたいこと。
弱い立場の野生動物は、例えば仲間がライオンに食べられている様子を黙って見つめる。もし食べられているのが自分の親でも助けない。明らかに助けないといけないって分かってる状態になればなるほど、見てることしか出来ない立場の人にとって「助けよう」っていう呼び掛けの言葉はすごくつらいです。

極限状態のなかで周囲が他人の気持ちを喚起するような声をあげすぎるのは、周りの人間の共倒れを起こしてしまうと思います。特に今は災害に関して無関心な人よりも、助けたくても助けられない、といった人の数の方が多いでしょう。これから先、援助の声掛けやアピールは、そういった人たちを責めてしまうような結果だけが大きくなっていくと思うので、事態が進行していくにつれて助ける方法や現場の声といった情報そのものの伝達のみに絞っていくべきだと感じます。もう感情の問題ではなく、ほとんどが実際的な事情の問題なんだと思います。
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