FC2ブログ

スポンサーサイト

Category : スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

無題

Category : 日記
※今日はあまり爽やかでない話です。




最近は娯楽に対する受け取り側の考え方として、
「楽しみ方を覚えよう」っていう風潮が強くなってると思います。
アニメも、小説も、映画も、楽しみ方次第だって言われることがなんだか多い気がするんです。
はっきりいって、これはすごく嫌いです。

小説とか物語は作った人と観る人の会話というか、感じたことを共有するための、言葉以外の言葉だと思う。
むしろ言葉に出来ないから絵を描いたり物語をつむいだりするんだと思う。
ひとりよがりじゃないから、文化はオナニーじゃないんだよ。

商業にしろ同人にしろ、創作はオナニーだなんて思ってる部分が自分にあるなら、
それは結局は目の前の人がどう思ってるかよりも個人の認識で世界が出来てると
思ってるところが心の深くで感じてるところがあるからだと思う。

他人が感じてることが自分にも分かるような気がするから、作り手はそれを表現したいんじゃないの?
会話をしてるときも結局はみんな自分が楽しいから話してるんだなんていう考えは、
その瞬間自分の影と対面してしまってることに気がつかないといけないと思う。

つまるところ、僕にとっての小説だとかは会話みたいなものだっていう認識になっています。
そこで受け手と作り手の関係として、一番失礼なのはなんなのか。
それは相手が言ってることを全然聞かないことでも、偏見で相手を見ることでも、
悪口を言うことでも、馬鹿にすることでもない。

話をしてる人を前にして、受け手が受け手の中だけで「話なんてのは自分の楽しみ方次第だよね」
って言いながらわかった顔をしてみんなでにこにこして話を聞くことが一番失礼な態度でしょう。

そんなのは、自分一人で閉じちゃってるだけじゃないか。
それは話をしてる相手のことをおもってる行為じゃない。その行為のどこに会話みたいなやり取りがあるの?
その風潮に名前をつけるとしたら、それが見る側のオナニーってやつだ。
人の良いところを見つけてそこを褒めようっていうのとそれとは違う。

大切だと思ってるものだったら、許せないものも出てくるでしょう。

ただそれは正しいとか間違ってるとかじゃなくて、好き嫌いの問題。
だから「許せない」っていう言葉の中には、相手のことを許認しているっていう部分がある。
そのやり方の正しさを感じた上で、嫌いだって思うから許せないっていう言葉になる。
間違ってると思うなら、間違ってる箇所とその理由を言う。嫌い、と、許せない、の違いはそうであるべきだ。

僕は話すときも視聴するときも、考え方次第でなんでも楽しめるなんて、そんなことを言われること自体がすごくいやだ。そんなのは何にも考えるなって言ってることと同じなんじゃないかとさえ思う。キャンユーフィールの言葉の裏には、膨大な考えと実践の蓄積がある。

考えて頑張ってるからこそ、許せないって感じるものもきっとある。
スポンサーサイト

Comment

非公開コメント

最新記事
プロフィール

うみの えび

Author:うみの えび
About
twitter
小説家になろう!

カテゴリ
月別アーカイブ
記事検索
リンク
twitter
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。